3月26日生まれの偉人 徳川治貞ほか

2018年7月1日

徳川治貞

 伊予西条第5代藩主、のちに紀州和歌山第9代藩主で伊予西条藩主時代は松平頼淳という名前でした。1728年3月26日(享保13年旧暦2月16日)に紀州和歌山藩主徳川宗直の次男として出生しました。江戸の須原屋蔵板武鑑では1732(享保17)年発行分で徳川宗直の次男「松平春千代」として掲載されていました。
 親戚の熊本藩主細川重賢とともに「紀州の麒麟、肥後の鳳凰」と並び賞された名君で、紀麟公とも呼ばれました。
 1741(寛保元)年に伊予西条藩主を相続し、1775(安永4)年に中継ぎとして甥の徳川重倫の後を継いで紀州和歌山藩主となりました。元紀州和歌山藩主で8代将軍の徳川吉宗にならって藩政改革や自身も含めた倹約を行い、「倹約殿様」と呼ばれ、死去するまでに10万両を蓄えて財政再建に貢献しました。

カテゴリー: 3月生まれの偉人

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