7月6日生まれの偉人 山名宗全/山名持豊ほか

2018年7月1日

山名宗全/山名持豊

山名宗全/山名持豊(やまなそうぜん/やまなもちとよ)は室町時代の武将、守護大名。
諱は持豊で、宗全は出家後の法名。
 応仁の乱の西軍の総大将として知られ、西軍の諸将からは宗全入道または赤入道と呼ばれていた。
 政治欲は乏しく、専ら軍人としての性格が強かったという。実際、兵力も多く、能力も強かったために、幕府はたびたび山名軍を体制の中に組み込んでいった。
 激情・傲慢・横暴な性格のせいで細川持之と衝突したこともあったが、家臣の病を労わったり、死去した家臣を悼んだりしている。
 また、肖像画などは無いが、赤入道の渾名は当時から広まっていたようで、一休宗純が顔が赤いことと好戦的な性格から毘沙門天の生まれ変わりと書いている。なお、宗全自身も毘沙門天には特別な思い入れがあったらしく、兵庫県朝来市の鷲原寺には宗全が寄進した毘沙門天像がある。

カテゴリー: 7月生まれの偉人

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